2011年1月21日金曜日

「芸術」覚書

「芸術」とは何だろうという問いが、時々よみがえる。

それが明治時代の西欧文化移入期に、artに対応してつくられた造語だとしても、現実には、それ以前の書画・芸能の世界を踏まえて理解するのが、わたしたち日本人の感覚だろう。

例を挙げれば、書は当初は芸術の分野に入れられていなかったのが、その後の運動で組み入れられるようになった。しかし今でもその扱いは曖昧だ。だが少し考えてみれば、書を外しての日本絵画史はありえない。

その昔は芸術は武術を意味した事もある。artの概念からは外れるかもしれないが、我々の感覚にそれを首肯する物があるのは、日本という国の文化のありようから来るのだろう。剣術家の宮本武蔵が描いた水墨画が、国宝に指定されているのは、必然的な事であるのだ。

そうした感覚を持っていると、外国のさまざまなartを楽しみ影響を受けたとしても、芸術を簡単に西欧のart概念に合わせようという気にはなれない。むしろ、art=芸術という立前をはずして、書画・歌舞音曲・芸能・武術にまで及ぶ、こうした範囲の事ごとに共通する何かを、芸術と考えるのが妥当なような気がする。

2011年1月18日火曜日

はじめに

この企画は単純に表から眺めると、「海野次郎絵画展」という事になっています。
しかし、企てはもう少し複雑ではあります。



1、場所と時間を共有する。

この絵画展が既成の画廊や美術館を会場に選ばなかったのは、東京という都市の中に、空間と時間を自ら選択して結界を結びたかったからです。
この人々の力によって立ち上がった場と時間を共有する事で、私は芸術と人々の結びつきを探ろうとしています。
企画協力をしてくれている(一般社団)美術と地域づくりの会、会場創造を試みる(株)GRIDFRAME、それに会場を訪れる事になる人々との間で、創造体験が生まれる事を画策しています。


2、私が展示したいもの

わたしが呈示しようとするのは、日本美術史を踏まえた現代の絵画です。特に「間」と呼ばれる意識を中心にしています。
美を巡る概念ではなく、身体技としての「術」を「芸」として展開したいと思っています。


当ブログは、この無謀な企画の場と時間を拡大するため立ち上げられています。
さまざまな試みや、思考を呈示しながら、企画の進行を楽しんでいただきたいと思っています。また皆様の参加コメントも歓迎します。