2011年2月1日火曜日

海野次郎さんと奥多摩

正月に海野さんのお宅を訪ねた。一昨年に一度、作品を拝見しに訪れている。

意図的というわけでもないが、住所も電話番号も持たずに車を走らせた。一昨年の記憶が頼りだ。

憶えているのは、赤い橋のたもとの坂道を上った左側にある、そのイメージだけ。それでどうしても見つからなかったら、「海野さんのお宅はどちらでしょうか」と地元の人に尋ねればきっとたどりつけるだろう、と。

探す楽しみ半分、不安半分。私がこの状態をきらいではないのが、同乗している妻にはたいそう迷惑なことはわかっている。

だが、そんなこととは関係なく、奥多摩の地形は、地図としてではなく、見たままの風景として私の頭にインプットされていく。

私にとって、「海野次郎さん=奥多摩」であるから、奥多摩のイメージを構築することは海野さんの世界のイメージを構築するためにかかせない。そのイメージは、俯瞰ではなく、道のレベルからつくられるべきだ。


東京都心の風景には山がない。都心で生活を始めて、かれこれ20年になるが、九州で山を見ながら育った私には、未だに多少の違和感が残っている。鉛直方向に立ちあがる山に囲まれて育った者たちは、山によって「守られる」感覚を共有しているのではないだろうか。山は、自分という人間を取り囲む被膜のようである。そんな人間が山の見えない平野で生活していると、守られる世界から放り出された感覚を持ち続けるのだろう。

奥多摩は天空が山と山とに狭められている。だからこそ、奥多摩湖というダム湖ができる。そのほとりという鉛直方向と水平方向との交点に位置する海野さんのお宅兼アトリエ「曇崋庵」で生み出される水墨画。

私は、そこに「守られる」感覚を見出し、ほっとする。そして、ようやく辿り着いたことにほっとして、横にいる妻の顔をうかがう。

1 件のコメント:

  1. きっと長いドライブでしたでしょう。東京の西端、車窓からみえる風景は渓谷と山の景色に変わっていって、行けども行けども見つからない赤い橋だったのでしょうか。「妻の横顔」という表現に想像力が働きます。綺麗な景色とマッチして、ある、映画のシーンのようですね。そんな素敵な空間をお持ちの田中さんとのお仕事を充実させていきたいと思いました。渡邊

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